日本を含む世界的な脱炭素社会を実現させるためには、持続可能な再エネ事業に取り組む必要があります。しかし、そのためには多くの資金が不可欠です。そこで支援策として確立したのが「トランジションファイナンス」です。しかし日本では、まだまだ多くの企業で認知されていない取り組みです。今回は、トランジションファイナンスとは何かをメリットや事例を交えて解説していきます。
トランジションファイナンスとは何か?
トランジションファイナンスとは、脱炭素社会の実現までの移行における、企業の温室効果ガス削減の取り組みを支援することを目的とした金融手法のことです。
中長期的に各企業が脱炭素を目指すためには、革新技術の開発・導入に費用がかかるので、必要な資金を供給する金融機関が重要になります。
ここでは、クライメイト・トランジションファイナンスの概要と、対象となる産業について説明します。
クライメイトトランジションファイナンスの意味
クライメイト・トランジションファイナンス・ハンドブックは、2020年12月に国際資本市場(ICMA)が発表した国際原則のことです。この原則を踏まえて、2021年5月に金融庁と環境省が基本指針を策定しました。
基本指針は企業や証券会社・銀行、投資家などの手引きとなり、脱炭素社会に向けた取り組みを行う際に、「トランジションボンド」または「トランジション・ローン」として、資金調達を実現させます。
クライメート・トランジションファイナンス・ハンドブックの目的は以下のとおりです。
- 黎明期にあるトランジションファイナンスの信頼性の確保と普及
- 排出削減困難な事業領域も含めた多くの資金調達
対象になる主な産業
経済産業省は、2022年4月にトランジションファイナンスの基本指針とロードマップを策定しました。
適格性を判断するために検討会を設置し、二酸化炭素排出量が多い分野を中心として脱炭素への移行の資金調達を支えることがポイントとなります。
トランジションファイナンスの対象になっている産業は、2021年度では鉄鋼、セメント、化学、紙・パルプ、電力、ガス、石油の7分野です。
これらの産業は日本全体の二酸化炭素排出量の約7割を占めているため、一足飛びには脱炭素化できないことを踏まえ、具体的な整備を進めている最中です。
トランジションファイナンスのメリットとは?
国内外でトランジションファイナンスに関する指針が明確化され、政府や企業など社会全体で脱炭素社会に向けたトランジション(移行)が始まりました。
トランジションファイナンスには、どのようなメリットがあるのでしょうか。
ここではトランジションファイナンスに取り組む3つのメリット、
- 資金調達しやすくなる
- 企業の対応力の向上
- 社会貢献の評価の向上
について、それぞれ解説します。
資金調達しやすくなる
トランジションファイナンスのメリットは、資金調達がこれまでと比較して容易になる点です。
世界の投資家は、気候変動に対する社会貢献を目的としてグリーン企業に投資してきました。グリーンボンドの発行により企業は低コストで資金調達ができますが、社会全体で考えた時、影響は十分とは言えません。二酸化炭素排出量の多い化学や紙・パルプなどの産業に対する対策として広がりを見せたのがトランジションボンドです。
調達資金は、事業をより地球にやさしいものに変換するために使われます。
企業の対応力の向上
トランジションファイナンスのメリットとして、コーポレートレジリエンスの向上が挙げられます。
持続的な環境変化に適応していくためには、サステナブルな組織基盤の形成が重要です。トランジションファイナンスは具体的な戦略や実践に基づき、信頼できるかどうか判断されます。企業は対応策に取り組むことで、気候変動リスクを低減するように事業転換できるでしょう。またこれがきっかけとなり、新たなビジネスチャンスの獲得も期待できます。
社会貢献の評価の向上
社会貢献に対する評価が向上することもメリットのひとつです。
企業は、今よりも温室効果ガスを削減するためにどのように行動するかという点で、具体的な戦略立案を構築することが求められています。しかしトランジションファイナンスには一律の評価基準はなく、業態や国を考慮した評価となるため、企業の特性を踏まえた目標設定が重要です。
ICMAハンドブックが示した開示推奨基準事項には、科学に基づいた目標設定で定量的に計測できることや、初期投資や運転資金に関する情報開示が挙げられています。
脱炭素に向けて、移行戦略に関する投資計画を開示することで、金融機関や投資家の信頼度も高まりをみせるでしょう。
トランジションファイナンスのモデル事業/事例
市場形成により正確にトランジションファイナンスを普及させるため、厳密な審査に通過した案件をモデル事例として取り上げています。
基本指針との整合性や先進性、インパクト、貢献度などの観点から、総合的に評価された事業について紹介していきます。
経済産業省発表①日本郵船
日本郵船は世界でも最大手の海運会社のひとつであり、NYKグループとして定期船事業や航空運送事業を手掛けています。
2018年に世界発となるグリーンボンドを発行、2021年7月にトランジションボンドを200億円発行しました。
CO2削減目標は、2030年には30%削減、2050年には50%削減と定めています。
資金用途候補には以下が挙げられます。
- LNG(液化天然ガス)燃料船
- グリーンターミナルの新規設立
- アンモニア燃料船
- 洋上風力発電
- 水素燃料電池搭載船
- 運航効率化、最適化
トランジション戦略のポイントは下記の3点です。
- パリ協定、IMO・国土交通省の目標と整合した温室効果ガス削減目標の設定
- 重油燃料船のリプレイスとして位置づけられたLNG燃料船等の導入
- 新規事業である再生可能エネルギー事業等のタイムラインへの明記
モデル事例として承認された主な理由として、ゼロエミッション船の増加に伴う脱炭素化に実現可能性があるという点や、移行に関して環境や社会的影響がない点が明らかになったことが挙げられました。
経済産業省発表②商船三井
商船三井は、ドライバルク船事業やエネルギー輸送事業などを基盤としている大手海運会社の一つです。2021年にトランジションボンドを発行し、借入額は非開示となっています。
2035年にCO2排出45%削減を目標とし、2050年には総合海運会社として世界初のカーボンニュートラルを宣言しました。
資金用途には、以下が挙げられます。
- 2022年12月竣工予定のLNG燃料フェリー1隻の建造資金
- 2023年3月竣工予定のLNG燃料フェリー1隻の建造資金
トランジション戦略のポイントは以下の3点です。
- 2050年ネットゼロエミッションの達成の戦略にクリーン代替燃料を導入
- LNG船燃料の推進と、将来的なアンモニアや水素燃料の利用拡大
- ネットゼロエミッションの目標が野心的かつ国土交通省のロードマップと合致
モデル事例として承認された理由として、資金使途のLNG燃料船がトランジション段階と位置づけられたことや、モーダルシフトによるCO2削減にも貢献する取り組みと評価されたことが挙げられます。
経済産業省発表③日本航空
日本航空は、国際・国内旅客事業や貨物・郵便事業を展開する大手航空会社です。
2022年にトランジションボンドを200億円以上発行し、2050年にカーボンニュートラルを宣言しています。
2025年に約50万トン規模の削減、2030年には約200万トン削減するという中期目標を立てています。
エアバスA350等の省燃費機材の導入を資金用途の候補としています。
トランジション戦略のポイントは以下の2点です。
- 2050年カーボンニュートラルの宣言、トランジション戦略の整合性
- 2030年までにバイオ燃料(SAF)を10%搭載する
モデル事例として承認された理由の中には、排出削減が難しい航空業界でネットゼロを掲げたことや、中間目標のSAFの活用が定量的・野心的な設定であることを評価する声が上がりました。
経済産業省発表④川崎汽船
川崎汽船は、国内大手の海運会社の一つであり、ドライバルクやエネルギー資源、自動車船などの事業を行い、アジアを中心にグローバルな展開をしています。
2021年にトランジションボンドを約1,100億円発行しました。
2030年には温室効果ガスの排出効率を25%改善することを目標に掲げ、2050年には50%削減すると宣言しています。
主な資金使途は以下が挙げられています。
- 社長管轄のプロジェクトである、次世代自動運航船開発と代替燃料・供給研究開発
- 自動カイトシステムSeawingの導入
- LNG燃料供給船
- フリー水素サプライチェーン始動
トランジション戦略のポイントは以下の3点です。
- 2015年に策定した目標を2019年に達成し、2020年に環境ビジョン2050の見直しを実行
- GHG排出削減目標は国土交通省の目標設定と整合性がある
- サステナビリティ推進として委員会や専門グループを設置した強固なガバナンス体制
モデル事例として承認された意見には、脱炭素化に向けて技術開発に積極的に取り組んでいる点や、KPIの進捗状況の確認として毎年第三者検証を受けることで客観性の担保がとれる点が高く評価されています。
経済産業省発表⑤JFEホールディングス
国内大手鉄鋼グループのJFEホールディングスは、JFEスチール・JFEエンジニアリング・JFE商事を完全子会社に持つ持株会社です。
2022年度に総額300億円のトランジションボンドを発行しました。
2030年にCO2排出量30%以上削減することを中間目標とし、2050年にはカーボンニュートラルを宣言しています。
主な資金使途の候補はこちらです。
- カーボンリサイクル高炉、水素製鉄の開発
- 排熱、副生ガスの回収と有効利用
- 高炉のAI、IoT化
トランジション戦略のポイントは以下の3点です。
- 鉄鋼ロードマップと整合性のある目標
- エコプロダクトや再エネ、社会全体の削減貢献についての戦略設計
- グループで統一されたガバナンス体制
モデル事例として承認された理由には、鉄鋼分野で初のトランジションボンドを発行したとして、多排出産業のトランジションを促進する意味合いで重要視されたことが挙げられます。
また、カーボンリサイクル高炉を軸とした超革新的技術開発が資金使途であり、脱炭素化までの移行プロセスが明確であることも評価されています。
経済産業省発表⑥東京ガス
東京ガスは、ガス・電力事業や海外事業などを展開している国内最大手のガス会社です。
2022年に200億円のトランジションボンドを発行し、2030年までに脱炭素を含む2兆円規模の投資計画を策定しています。
2030年の中期目標では、都市ガス製造・自社ビルや社用車においてネットゼロを掲げ、2050年で原料調達や顧客先を含むScope3までネットゼロ化を目指しています。
主な資金使途候補は以下の通りです。
- 天然ガスへの燃料転換
- スマートエネルギーネットワーク
- 水素ステーション新設
- 水素パイプライン敷設
トランジション戦略のポイントは以下のとおりです。
- 天然ガスの低炭素化の推進と、2030年以降の水素・合成メタンの導入
- 2020~2022年度までで脱炭素等を含めた1兆円の投資
- トランジションボンドによるプロジェクトで毎年約31万トンのCO2削減に貢献
モデル事例として承認された理由には、ICMAハンドブックと整合性のある戦略設計であることや、調達資金による環境改善効果の見通しが示されていることが挙げられました。
中期目標にScope3の削減目標が提示されている点が特に評価されています。
トランジションファイナンスに関するまとめ
この記事ではトランジションファイナンスの概要からメリット、主なモデル事例について解説しました。
トランジションファイナンスは経済産業省を中心にロードマップが策定されています。
温室効果ガス削減に向けた取り組みを中長期的な戦略を立てて実行する企業に支援を行う新しい金融手法です。
今後も脱炭素化に向けて、正当な評価をするためのルール整備が進められることでしょう。