中小企業が進めるべき脱炭素経営への取り組みとメリット・デメリット

中小企業が進めるべき脱炭素経営への取り組みとメリット・デメリット

世界が脱炭素社会を目指す中、中小企業が脱炭素経営に取り組むことは地球環境の改善だけでなく、自社のコスト削減やブランドイメージ向上にもつながります。

本記事では、その具体的な取り組み方法や効果、メリット・デメリットを詳細に解説します。

目次

中小企業に必要な脱炭素経営への取り組みとその背景

脱炭素経営の必要性が高まる現在、それが中小企業にとってなぜ重要なのか、その背景を探ります。

グローバルな脱炭素化の動き

脱炭素化の動きが世界規模で広がる中、その主な目的は、地球温暖化による気候変動を食い止めることです。

温室効果ガスの排出が引き起こす海水温の上昇、海面水位の上昇、さらには気候変動による自然災害などの問題が明らかになっており、これらの問題に対する解決策として脱炭素化が叫ばれています。

国際的な地球温暖化対策の枠組みである「パリ協定」では、以下のような目標が掲げられています。これは、世界全体が取り組むべき共通の目標であり、中小企業も含めた全ての企業が対策を進めるべき課題となります。

世界共通の目標

  • 世界の平均気温上昇を産業革命(1880年)以前の水準から2℃以内に抑える。
  • 可能であれば、1.5℃以内に抑えることを目指す。

さらに、2015年の国連サミットで採択された「SDGs(持続可能な開発目標)」は、世界が直面する諸課題を解決するための17の目標を提示しています。これらの目標には、気候変動や環境問題への対応が大きな位置を占めており、これらへの取り組みは、中小企業にとっても避けて通れない道となっています。

投資家とステークホルダーによる脱炭素化への期待

投資家やステークホルダー(企業活動に影響を受ける利害関係者)の視点からも、脱炭素経営の取り組みはますます重要視されています。

金融市場では、「ESG投資」という新たな評価軸が浸透しています。これは、企業の環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)に対する取り組みを評価する投資手法であり、財務情報だけでなくこれらの非財務情報を基に投資判断を行います。

ESG投資は、企業の持続可能な成長を見据えた投資手法であり、その運用資産は年々増加しています。

さらに、企業活動を通じて関わる様々なステークホルダーとの関係性も脱炭素経営が大いに影響します。取引先の選定やビジネスパートナーとの信頼関係構築において、「脱炭素経営への取り組み」は新たな評価指標となりつつあります。

消費者意識の変化

脱炭素社会への取り組みが普及するにつれ、消費者の意識の変化も無視できません。

例えば、北欧では、製品の価格がその製造・流通過程で排出されたCO2量によって決まるような取り組みが実施されています。このような仕組みは、消費者の購買行動に直接影響を与え、CO2排出量の多い商品が市場で選ばれにくくなる可能性を示しています。

日本でも、このような消費者意識の変化を受けて政府や企業が同様の取り組みを推進する可能性があります。

このような流れを先取りし、脱炭素経営を進めることで、中小企業も競争力を維持し、さらには経営基盤を強化することが可能となります。

中小企業が積極的に推進すべき脱炭素経営のメリット

脱炭素経営の価値とメリットは、大企業だけに限定されるものではありません。中小企業でも、その取り組みを通じて多様な恩恵を受けることが可能です。

エネルギー効率化による運用コストの削減

脱炭素経営は、社会的価値創造だけでなく、自社の運用コストを最適化する機会ももたらします。

脱炭素化を推進する一環として、省エネ対策や再生可能エネルギーの活用が求められます。例えば、エネルギー効率が高い最新の工業機械や空調設備の導入は、長期的な視野で見るとエネルギーコストの節約に繋がります。

これにより、エネルギー価格が急上昇した場合でも、その影響を最小限に抑えることが可能になります。

社会貢献と企業ブランドの強化

脱炭素経営は、企業の社会的責任(CSR)を具現化する手段の一つです。環境配慮型の経営を推進することで、企業は社会からの信頼と評価を得ることができ、それが企業ブランドの強化につながります。

持続可能な製品・サービスの提供と市場競争力の強化

脱炭素経営の取り組みは、より持続可能で環境に配慮した製品やサービスを創出する機会をもたらします。

例えば、エコフレンドリーな素材を用いた商品や、高い省エネ性能を備えた製品などの開発が可能となります。これらの製品は、環境問題に敏感な消費者層からの高い支持を受けることが期待でき、それは結果的に企業の市場競争力を強化することにつながります。

企業価値の向上と新規ビジネスの開拓

脱炭素経営の取り組みは、新たなビジネスチャンスを生み出し、企業の評価を高める手段となります。

大手企業が、取引先にも温室効果ガス排出削減を求める動向が強まる中、中小企業が脱炭素経営に取り組むことは、これらの企業とのビジネス関係を深めるチャンスとなります。これは企業の外部評価の向上につながり、新たな成長の機会をもたらします。

社員の信頼獲得と人材採用の強化

中小企業が脱炭素経営に積極的に取り組むことは、社員からの信頼獲得や、新たな優秀な人材の採用強化に貢献します。

自身が誇りに思える企業で働くことを希望する社員にとって、環境配慮型の経営は高い満足感とモチベーションをもたらし、結果的に生産性の向上につながる可能性があります。

また、求職者の中には社会の課題解決を志向する人材も増えています。そのような人材を惹きつけ、長期的に組織に留めておくためにも、脱炭素経営の取り組みは重要となります。

資金調達における優位性

中小企業が脱炭素経営を推進することは、資金調達の際にも有利になる可能性を秘めています。

ESG投資の観点から見て、脱炭素の取り組みは企業の評価要素の一つです。

ESG投資は日本でも増えており、その結果として、脱炭素経営を推進する企業は投資家や金融機関から高い評価を得る可能性が高まります。

中小企業が脱炭素経営に向けた課題やデメリット

脱炭素経営への取り組みは、そのメリットだけではなく、様々な課題をもたらします。中小企業が取り組む前に把握しておくべき主な課題について説明します。

資金面での課題

脱炭素経営を推進するためには、再生可能エネルギーの導入やCO2排出量を抑える製造設備の更新、環境価値の購入など、初期投資や維持管理費が必要となります。

これらの費用は一定の負担となり、中小企業にとっては資金調達が難しい場合もあります。

時間的コストと経営効率への影響

脱炭素経営の実現には、エネルギーや原材料の使用量の把握、排出量の計測、データ管理といった多くの作業が必要です。

これらの作業に慣れるまでの時間や、新たな体制の構築に伴う経営効率の一時的な低下が予想されます。

脱炭素推進のための人材確保の難しさ

脱炭素経営の浸透を図るには、脱炭素事情に詳しい人材がリーダーシップを発揮する必要があります。

ただし、そのような人材の確保や育成は一筋縄ではいかず、さらに部門を超えた影響力を持つ人材を見つけることは難しい課題となるはずです。

脱炭素経営の推進は組織全体の協力を必要としますので、専門部署の設置だけではなく、経営層の積極的な関与が必要となるでしょう。

ビジネスパートナーの変化に伴う課題

脱炭素経営に取り組む際には、自社だけでなく、取引先のCO2排出量にも注意を払う必要があります。特に、サプライチェーン全体での排出量削減に焦点を当てる大手企業との取引では、その影響を大きく受けるでしょう。

従来のビジネスパートナーであっても、脱炭素経営に取り組んでいない場合、その関係を再評価する必要が生じるかもしれません。これはビジネス戦略の見直しや取引先の変更といった課題をもたらします。

中小企業が脱炭素経営に取り組まないリスク

中小企業が脱炭素経営に取り組まないとした場合、これからの環境変動に伴う様々なリスクに直面する可能性があります。

1. 環境法規制と税制への対応リスクが増加

脱炭素経営に未対応の企業は、CO2排出量に連動する温室効果ガス課税の増大、省エネ法による制約の強化といったリスクを増加させる可能性があります。

温室効果ガス課税と炭素税

「2050年に日本の温室効果ガスの排出を実質ゼロにする」という目指す政策の一環として、環境省は温室効果ガス課税の増税や新たな炭素税の導入を計画しています。

これらは、クリーンエネルギーの使用と自社のCO2排出量削減により、そのリスクを低減できます。

省エネ法改正

2023年4月1日から改正省エネ法が施行されました。

これにより、化石エネルギーに加えて、再生可能エネルギー(非化石エネルギー)も省エネ法の対象となりました。再生可能エネルギーにも算出係数が設けられ、既存の係数も見直されます。 今後は、再生可能エネルギーも無駄遣いが許されなくなるということですね。

カーボンプライシング

近い将来、日本でもCO2排出量に連動した企業負担が求められる「カーボンプライシング」が導入される可能性があります。

・炭素税

CO2排出量に応じて企業へ課税する制度。日本では、事実上の炭素税ともいえる「地球温暖化対策税」が2012年から導入されています。

・排出量取引制度

企業が排出できるCO2の上限を設定し、それを超えた場合、未満の企業から排出権を購入する制度。

・炭素国境調整措置

輸入品の製造過程で排出されたCO2量に対し課税する制度。

これらの制度が実施される際、金銭的損失を避けるためにも、早期の脱炭素経営への移行が重要となります。

2. 取引先からの信頼損失とビジネスチャンスの逸失リスク

脱炭素経営に取り組まないことは、パートナーシップの機会や新規ビジネスチャンスを失うリスクにつながる可能性があります。

例えば、アップル社は、自社の炭素排出削減に努めるだけでなく、供給パートナー(部品供給元など)にも再生可能エネルギーの使用を求めています。

日本企業の中にも、トヨタ自動車や積水ハウスなど、サプライヤー選定時に環境対策を重視する企業が増えています。

大手スーパーのイオンでは「お客様とつくるサステナブルストーリー」を理念に掲げ、2025年までにイオンモール全店舗の使用電力を100%再生可能エネルギーに切り替えることを目標としています。

イオンでは特に、消費者とともにできる取り組みを重視しており、次のようなアクションを実施しています。

  • 一般家庭の余剰電力の買取り(イオンのポイントで還元)
  • 脱炭素型住宅への移住支援など、脱炭素型ライフスタイルへの転換をサポートする商品の拡充や金融サービスの展開
  • 地域の植生に樹木を植樹する活動
  • 買い物袋持参活動
  • 持続可能性の高いMSC認証商品やASC認証商品の積極的な展開

出典:『イオンのサステナビリティ』

3. 採用力低下のリスク

脱炭素経営への取り組みは、人材採用においても大きなメリットになります。現在の求職者は、企業がSDGsやESGにどれだけ積極的に取り組んでいるかを重視しています。

株式会社日本総合研究所の調査では、「環境問題や社会課題に取り組んでいる企業で働きたいか」との問いに対して、約9.9%が「強くそう思う」、37.3%が「そう思う」と回答しています。見過ごせない数値になっています。

4. 金融機関や投資家からの評価低下のリスク

ESG投資の拡大に伴い、脱炭素経営に未対応の企業は、金融機関や機関投資家からの評価低下のリスクに直面する可能性があります。

脱炭素経営の推進に向けた指針と戦略策定

脱炭素経営を達成するための考え方と戦略の立案手順について解説します。

基本的な考え方

脱炭素経営を実現するためには、以下のような視点での温室効果ガス排出削減を考えることが重要です。

・エネルギー消費を最大限抑える(エネルギー効率の向上)
例:高効率の照明、空調、暖房設備の導入など

・エネルギー供給の低炭素化を進める
例:太陽光、風力、バイオマスなどの再生可能エネルギー源の利用、CCS(炭素捕捉と貯蔵)を含む火力発電の利用、太陽熱による給湯、バイオマスボイラーの利用など

・電力化を推進する(電力の方が熱よりも炭素排出削減が可能)
例:電気自動車の導入、ヒートポンプを用いた暖房・給湯など

温室効果ガスの大幅削減に向けた戦略策定のステップ

温室効果ガスの大幅削減に向けて、エネルギー効率化だけでなく、再生可能エネルギーの利用も不可欠です。自社での再生可能エネルギー活用の可能性を以下の4つのステップで検討してみましょう。

1. 長期的なエネルギー転換方針の検討

現在使用中の都市ガスや重油などのエネルギー源を、電力やバイオマス、水素などの低炭素燃料への切り替えが可能かどうかを調査します。

2. 中短期的なエネルギー効率化策の洗い出し

長期的なエネルギー転換方針をもとに、更なるエネルギー効率化策を調査します。

3. 再生可能エネルギーの調達手段の検討

温室効果ガス削減目標を達成するために必要な再生可能エネルギー量を算出し、自社で実現可能な調達手段を探します。

4. 削減対策の精査と戦略への統合

投資コストとその財務への影響を検討しながら、どの策を採用するかを詳細に検討し、それを戦略としてまとめます。

参考:中小規模事業者のための脱炭素経営ハンドブック|環境省

中小企業が脱炭素経営に取り組む方法とは?

では具体的に、中小企業が脱炭素経営に取り組むためのアプローチを紹介します。

電力会社の切り替え

電力供給元を再生可能エネルギーを主力に持つ企業に変更することで、脱炭素経営を進めることが可能です。

2016年の電力自由化以降、新電力と呼ばれる一般企業が電力小売業に参入しています。この中には再生可能エネルギーによる電力供給を行っている企業も存在します。これらの電力供給を活用することで、中小企業も脱炭素経営への第一歩を踏み出すことができます。

大規模な設備投資が不要であることが、電力会社の変更のメリットです。さらに、再生可能エネルギーの利用と併せて電力消費を削減する取り組みを行うことで、電気代の大幅な削減を実現する事例もあります。

省エネ設備の活用

企業の電力消費を大きく占める空調設備を始めとした設備を、エネルギー効率の高いものへと更新することも、脱炭素経営の一部となります。以下に、省エネ設備の導入例を示します。

  • 旧式の空調設備を効率的なものへ更新
  • 高効率コンプレッサーの利用
  • LED照明の導入
  • 効率的な変圧器の導入
  • エネルギー効率の良い冷凍・冷蔵設備の導入
  • 効率の良い給湯機の利用
  • 電気自動車の導入

カーボンオフセットの活用

全ての温室効果ガス排出を自社だけで削減するのが難しい場合、カーボンオフセットの活用が有効な選択肢となります。

カーボンオフセットとは、自社で削減できないCO2排出量に相当する部分を、植林や環境保護活動への寄付やCO2削減量の購入により相殺する取り組みのことです。

ただし、カーボンオフセットはあくまで自社でのCO2削減に取り組んだ上で、削減できない部分を補うための手段と位置づけるべきです。

自家消費型太陽光発電の導入

企業が所有する建物や土地に太陽光発電設備を設置し、その発電した電気を自社で消費することを「自家消費型太陽光発電」というのですが、これは環境に優しく経済的な脱炭素経営を進める手段です。

この方式は、火力発電とは異なりCO2排出がないため、企業の脱炭素経営に大きく役立ちます。さらに、自社で発電を行うことで電力購入量が減り、電気料金の削減が可能となります。

SDGsへの対応や、金融機関からの高評価を得るなどの付加価値もあります。規模に関わらずすべての事業所で導入可能な方法であり、大手企業だけでなく中小企業でも取り組みが広まっています。

中小企業も積極的に取り組むべき脱炭素経営

脱炭素経営は、地球環境の改善を目指すだけでなく、中小企業にとっても多くのメリットがあります。

再生可能エネルギーを提供する新電力への切り替えや省エネ設備の導入など、容易に始められる方法から、大規模な自家消費型太陽光発電の導入まで、対策は様々です。

また、削減困難なCO2排出はカーボンオフセットにより補完可能です。これらの取り組みを通じ、中小企業はコスト削減や社会貢献、ブランドイメージの向上などのメリットを享受し、脱炭素社会の実現に貢献できます。

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