この記事では、テレビや新聞などの報道で頻繁に見聞きするようになった「脱炭素」について、これを実現するための一つの方法として注目を集めている『炭素固定』がどういった技術なのかについて解説します。
昨今、世界中が協力して解決しなければならない問題として、地球温暖化があります。地球温暖化は、さまざまな要因によって引き起こされているのですが、その中でも大きな要因の一つと言われているのが二酸化炭素です。実際に、日本政府が公表している資料の中でも、経済活動などを通じた人為起源のCO2排出量の急増が世界の平均気温の上昇に大きく関係していると解説されており、脱炭素への取り組みが強く推進されるようになっています。日本では、2050年カーボンニュートラル宣言が表明されていて、2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにするための取り組みが推し進められています。
炭素固定は、この脱炭素の取り組みに非常に有効と考えられていて、大気中のCO2を削減するための手法として近年注目を集めています。ただ、太陽光発電などの再エネ設備の導入などと比較すると、どういった原理なのかが分かりにくいという声が多いので、この記事で炭素固定の基礎知識を解説します。
出典:経済産業省資料(f)
脱炭素社会実現に向けた手法とは?
近年、日常生活の中でも「脱炭素」という言葉を耳にする機会が増えていると思います。それでは、私たちが普段の生活を進める中で、どのようなことに取り組むことで脱炭素社会が実現できるのでしょうか?
脱炭素とは、地球温暖化の原因となる二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスの排出量を「実質ゼロ」にする取り組み全般を指しているのですが、具体的にはさまざまな方法があります。そこでここでは、個人で取り組めるもの、企業が取り組み始めた脱炭素の取り組みについて主な方法をあげてみます。
個人でできる脱炭素の取り組み
脱炭素の取り組みは、日常生活の中で個人個人がちょっとした工夫を行うだけでも効果的な取り組みになるとされています。例えば、以下のような方法が有名です。
- 太陽光発電など、再エネ設備を導入する
- 電気使用量を少なくする(エコキュートなど、省エネ性が高い設備を利用する)
- 食品ロスをできるだけ少なくする
- ゴミの排出量を減らす、ゴミの分別を正確に行う
- 断熱構造の住宅を建てる、もしくは住み替えする
- マイ箸、マイバック活動
- 資源としてリサイクルを心がける
個人での脱炭素の取り組みは、上記のような方法があります。日常生活の中で、ゴミの排出量を減らしたり、ゴミの分別を徹底することでリサイクルを促進するといったちょっとした工夫が、脱炭素社会の実現に役立っているのです。
なお、個人のCO2排出については、住宅そのものが大きな影響を与えると考えられています。例えば、断熱性・気密性が低い住宅に住んでいる場合、空調効率が悪くなることから、余計な電気を使用することになりCO2の排出量が増えてしまうとされているのです。そのため、国や自治体は、個人領域での脱炭素化を進める目的で、再エネ設備の導入や住宅の断熱対策、省エネ設備の導入などに対して、手厚い補助金を給付するようになっています。2024年現在も、住宅を建てる際は、ZEH住宅や長期優良住宅の場合、さまざまな優遇措置が用意されていますし、太陽光発電設備や蓄電池、エコキュートなどの省エネ設備は、導入時のコスト負担を軽減するための措置が用意されています。
企業が取り組む脱炭素の工夫
CO2の排出量を考えると、やはり企業単位での取り組みが非常に重要とされています。なぜなら、日本でのCO2排出量では、企業や公共部門からの排出が約8割を占めていて、家庭からの排出が約2割となっているからです。日本の脱炭素社会の実現は、CO2排出量の大半を占める企業の取り組みが急務とされます。
それでは、企業が事業領域においてCO2排出量を削減するにはどういった対策に取り組むべきなのでしょうか?企業のCO2排出量削減では、以下のような対策が有効とされています。
- 事業活動で使用する電力を再生可能エネルギーへ転換する
- 省エネ性の高い設備の導入を推進する
- 低炭素車の導入など「smart move(スマートムーブ)」の取り組み
- 製品ライフサイクルの最適化
- カーボンオフセット(温室効果ガスの削減努力をしたうえで、削減しきれない分の排出量を他の場所や他者が実現した削減分で埋め合わせる取り組み)
事業領域における脱炭素の取り組みは上記のような方法が有効とされています。
具体的には、工場や倉庫など、大量の電気を使用する施設にて、自家消費型太陽光発電を導入することで、事業活動で使用する電力を再生可能エネルギーに転換するという動きが急速に進んでいます。その他にも、LED照明の導入や高効率な空調設備への入れ替えなどにより、省エネ化を進める、製造・生産工程の見直しによる脱炭素化が推進されています。また、近年では、「smart move(スマートムーブ)」と呼ばれる取り組みが注目されていて、移動によるCO2の排出を可能な限り少なくするという方法が検討されています。
この他にも、国が先頭に立ち、事業領域における脱炭素の取り組みを強く推進するようになっています。今後は、大規模施設での太陽光発電設備義務化の動きが強まっているなど、強制力のある脱炭素化の取り組みが増えていくのではないかと考えられます。
参照:環境省資料
炭素固定とは?
ここまでは、2050年カーボンニュートラルに向け、既に多くの場面で取り入れられている脱炭素社会実現に向けた取り組みについて解説しました。脱炭素社会の実現に向けた取り組みとしては、太陽光発電など再生可能エネルギーへの転換や省エネ効率の高い設備の導入などが最も身近な対策と言えるでしょう。ただ、従来の脱炭素への取り組みは「CO2などの温室効果ガスの排出量を減らす」という方向で考えられているため、人間の経済活動のことを考えれば、どうしても限界が生じてしまうと考えられます。
そこで昨今、世界中で注目されるようになった方法が「炭素固定」というものなのです。炭素固定とは、その名称から分かるように、大気中や排気ガスなどに含まれている「二酸化炭素(CO2)」を何らかの方法で固定することを指しています。もう少しわかりやすく言うと、気体である二酸化炭素を、何らかの方法で固体である炭素化合物にする技術を総称して「炭素固定」と言っているのです。
ちなみに、炭素固定は類義語もたくさんあり、「炭酸固定」、「二酸化炭素固定」、「炭素同化」、「炭酸同化」などと呼ばれることがあります。また、英語圏では、「Fixation of Carbon Dioxide」、「Carbon Fixation」、「Photosynthesis」などと表記されます。
炭素固定の技術が昨今注目されているのは、従来の脱炭素の取り組みが「CO2などの温室効果ガスの排出量を減らす」という対策だった一方、大気中や排ガスとして排出されるCO2を固体である炭素化合物にすることで取り除くことができるからです。人間が経済活動を進める限り、CO2を全く出さないようにすることは現在の技術では難しいと言わざるを得ません。それが、炭素固定の技術を利用することで、空気中に排出された後で取り除くことができるようになるため、脱炭素社会の実現に大きく役立つと考えられているわけです。
なお、炭素固定は、大きく分けて2種類の方法が存在します。炭素固定は、自然の力によって起こるものと、人工的に起こすものがあるので、次項でその辺りを詳しく解説します。
自然による炭素固定について
まずは、自然発生的に行われる「固定炭素」について解説します。二酸化炭素の増加が地球温暖化の要因の一つとして問題視されているわけですし、自然発生的な炭素固定など「あり得るのか?」と疑問に感じてしまう方が多いかもしれません。自然発生的に炭素固定が起こり、二酸化炭素が取り除かれるなら「地球温暖化など起こらないのでは?」と考えてしまう可能性がありますよね。
しかし、自然発生的な炭素固定は、誰もが一度は耳にしたことがある方法で行われています。簡単に言うと、樹木などが行う光合成が、最も身近にある炭素固定の技術なのです。
自然発生的な炭素固定は、植物などの生物が関わっているので、どのようにして炭素固定が行われているのかを簡単にご紹介します。
植物による炭素固定
植物による炭素固定は、先ほどご紹介したように「光合成」のことです。植物の光合成は、二酸化炭素と水を取り込み、代謝物として酸素を排出するという働きで、炭素固定の一種として注目されています。
植物の光合成については、老木よりも成長スピードが早い若い木の方が活発的に行うとされているため、炭素固定を促進するために、樹木の中でも成長が早い植物を積極的に植えるといった活動が近年実施されるようになっています。
なお、植物による炭素固定については、新たな樹木を植えることで増やすという方法以外にも、既存の森林を再生させる、森林火災を防止して樹木の損失を防ぐという取り組みも、活用できる植物を増やすという意味で、炭素固定の有効な方法とみなされています。
ちなみに、植物によって吸収される炭素は「グリーンカーボン」と呼ばれています。
海の炭素固定
あまりイメージがわかないかもしれませんが、光合成は海の中で生きる生物が行う場合もあります。海の中における炭素固定の仕組みは、以下のようなものがあります。
- 植物プランクトンや海藻などの植物が行う光合成
- 海に生息する微生物による炭素固定
植物プランクトンや海藻などの植物は、陸の上の樹木と同じく、光合成によって海水中のCO2を有機物として固定するという働きを持っています。さらに、海に生息する有孔虫などの微生物は、石灰質の殻を形成することで炭素の固定を行っています。
海の炭素固定は、大気中の二酸化炭素が海洋生態系に吸収されることで、長期間にわたって海洋内に貯留されることを言い、これらの炭素は「ブルーカーボン」と呼ばれています。そしてブルーカーボンは、地上の植物よりも炭素吸収率が高いことから、より有効な炭素固定の手段として注目されています。
人工的に行われる炭素固定
脱炭素社会の実現に向け、装置や化学を使った人工的な炭素固定の技術が開発されています。
人工的な炭素固定は、主に「化学吸収」「物理吸着」「炭化」によって行われています。ここでは、人工的な炭素固定について、代表的な手法とそれぞれの特徴を解説します。
化学吸収による炭素固定
化学吸収による炭素固定は、二酸化炭素を溶解できる、アミンや炭酸カリウムなどのアルカリ性溶液を活用した方法があげられます。
具体的には、アルカリ性溶液に二酸化炭素を通すことで、溶液中の成分に反応させて吸着させるという方法で固定化を図っています。ただ、溶液を使用した炭素固定技術については、経済性の確保が現在のところ難点となっており、実用化にはまだ至っていません。
現在でも、新たな溶液の開発が進められているので、今後、経済性の問題を解決することも可能かもしれません。
物理吸着による炭素固定
物理吸収による炭素固定は、排ガスを吸着材と接触させることで、二酸化炭素を吸着し固定化させる技術です。なお、吸着剤としては、ゼオライトや活性炭、アルミナなどが使用されています。
ちなみに、物理吸着による炭素固定は、以下のように複数の手法が存在します。
- PSA法(Pressure Swing Adsorption):減圧脱着
- TSA法(Temperature Swing Adsorption):熱脱着
- PTSA法(Pressure Temperature Swing Adsorption):PSA法とTSA法を合わせた方法
物理吸着による炭素固定は、二酸化炭素濃度が高い燃焼排ガスに対して使用されています。ただ、その他の手法と比較すると、コストが高い、エネルギー消費が大きいことが課題となっています。
炭化による炭素固定
炭化による炭素固定は、木や竹などを燃焼することで、炭にして二酸化炭素の固定をはかる方法です。炭化は、炭に炭素が固定化されることになるため、大気中への二酸化炭素の放出を減らすことができるのです。
なお、二酸化炭素が固定された炭は、農業利用の場面などで、土壌にまいたとしても固定炭素が分解されないため、大気中に炭素が戻ることは基本的にありません。また、1㎥の炭があれば、約1トンもの二酸化炭素を固定することができるとされているため、有効な炭素固定の技術とみなされています。
ちなみに、二酸化炭素を固定した炭は、土壌改良剤や水質浄化、ph値調整などに役立てることができます。近年では、バイオ炭を用いてコンクリート構造物に炭素を貯留する技術なども研究されています。
地中貯留・海洋隔離による固定化
炭素固定の技術の一つとして、地中や海洋などの奥深くに隔離することで、二酸化炭素の固定化をはかる方法もあります。例えば、二酸化炭素に大きな圧力をかけることで、地下奥深くに注入するという方法があります。
地中貯留・海洋隔離による固定化は、近年、アメリカやカナダ、ノルウェーなどで実用化が進められているのですが、費用の面で大きな課題が残っているとされます。
またこの方法による炭素固定は、地中や海洋に圧縮した二酸化炭素を送り込める貯留槽と、隔離した二酸化炭素が地上に漏れ出ないようにするための遮断層を持つ場所がなければいけません。そのため、どのような場所でも隔離できるわけではないという点も高いハードルになるとされています。
具体的な炭素固定の取り組みについて
それでは最後に、脱炭素社会の実現に欠かせないと考えられている炭素固定について、国内企業の実際の取り組みについて、いくつかご紹介します。
炭素固定は、太陽光発電など再エネ設備の導入など、従来の「CO2の排出量を少なくする」という考え方ではなく、大気中のCO2を取り除くという技術となります。人が経済活動を進めていく上では、CO2の排出を避けられない場面が多いという実情があるため、排出されたCO2を取り除く炭素固定の技術は今後さらにその存在感を増していくと考えられています。
実際に、日本国内には既に炭素固定の取り組みを開始している企業が少なくありません。
持続可能な森林経営(住友林業株式会社)
住友林業株式会社は、「森と木を活用したカーボンニュートラルの実現」を、企業としての重要課題の一つとしています。
そして、炭素固定の取り組みとしては、経済林(あるいは保護林)の伐採・再植林を加速する「ゾーニング森林経営」を実施しています。この取り組みは、CO2の吸収量が低下した老木を伐採し、若い木を再植林することで、森林を人工的に若返らせることにより、効果的な炭素固定を目指すという取り組みです。
参照:住友林業株式会社資料より
バイオ炭コンクリート(清水建設株式会社)
先ほどもご紹介したように、炭化した炭をコンクリートに混ぜることで、建築物に炭素を貯留するという技術を清水建設などが開発しています。清水建設のwebサイトでは、以下のように解説されています。
「バイオ炭コンクリート」は、バイオマスを炭化した「バイオ炭」をコンクリートに混和することにより炭素を貯留する、環境配慮型コンクリートです。
貯留した炭素量に応じたCO2固定量でコンクリートのCO2排出量をオフセット可能です。低炭素セメントを使用すれば、コンクリートとしてカーボンネガティブまで実現可能です。
引用元:清水建設webサイトより
バイオ炭コンクリートは、一般的なコンクリートと同等の施工性、圧縮強度を誇るとされており、今後、多くの建築現場で採用されていくのではないでしょうか?
上記以外にも、日本国内ではさまざまな炭素固定の取り組みが推し進められています。以下は、以下は国がまとめているブルーカーボン取組事例の資料となるので、どのようなことが取り組まれているのか、ぜひ一度ご確認ください。
まとめ
今回は、脱炭素社会実現のため、非常に重要な技術になるのではないかと考えられている「炭素固定」について、その特徴や具体的な仕組みを解説しました。記事内でご紹介したように、炭素固定は、大気中や排気ガスなどに含まれている「二酸化炭素(CO2)」を何らかの方法で固定し、固体である炭素化合物にすることで温室効果ガスを削減するという技術の総称です。
現在、地球温暖化の影響などにより、世界的な異常気象の発生や生態系の変化などが問題視されるようになっています。日本国内でも、夏場の異常ともいえる気温上昇により、農作物の品質低下や収穫量減少が目立つようになっていて、私たちの日常生活にも大きな影響を与えています。また、昨今、日本国内で頻発している豪雨などによる水害は、日本の気候が亜熱帯化しているからだという指摘もあるなど、地球温暖化は非常に深刻な影響をもたらすようになっているのです。
地球温暖化問題は、世界中が協力して解決しなければならない喫緊の課題とされていますが、従来の「CO2排出量を削減する」という方法は、人間の経済活動のことを考えると、どうしても限界が存在します。実際に、従来の脱炭素への取り組みでは、世界各国の足並みがなかなかそろわないという指摘も多いです。そのような中、炭素固定の技術は、排出したCO2を取り除くという対策として注目されているのです。
なお、炭素固定の技術については、現在のところコストパフォーマンスが低く、実用化にはまだ時間がかかるとされています。したがって、炭素固定の技術開発を進めながら、太陽光発電などの再生可能エネルギーへの転換など、従来のCO2排出量削減に有効とされる取り組みを進めることも大切です。